武家社会で受け継がれ、武家社会をつくった平家物語

トークイベントのテーマは、大河ドラマの主人公・平清盛も登場する『平家物語』です。
この物語で描かれる平家一門の栄枯盛衰は、貴族から武家に政治の主導権が移った大きな出来事とともに、中世日本の歴史として知られています。しかし、琵琶法師が語り継いだ一遍の口承文学が、なぜこのような位置を占めるに至ったのでしょう?著書『琵琶法師 ――〈異界〉を語る人びと』などで、この問いに取り組まれてきた兵藤裕己さんに話を伺いました。


『平家物語』が日本の歴史となった理由のひとつは、それが声で語られる物語だったことのようです。
文字が読めるのは貴族か特権階級の武士ぐらいだった当時でも、辻や河原で琵琶法師が講じる平家物語は、武家はもちろん、全国津々浦々の庶民にまで伝えられていきました。その物語は武家社会に深く浸透し、足利幕府成立前夜に名を成した武士たちはみな、事実はどうあれ「源氏」と名乗ったそうです。「平氏」である北条氏を倒そうとする自らの戦いを源平合戦になぞらえたのです。
これは、現実からつむがれた物語が、逆に現実を枠づけるようになったともいえます。現実を認識する際、無意識下で影響をあたえる物語を「神話」と呼ぶことがありますが、この時代の平家物語は「神話」になりつつあったといえそうです。
そして、神話としての影響力をもちはじめた『平家物語』が、幕府によって管理されはじめたことも、日本の歴史となった一因でした。
足利義満(もちろん「源氏」の血筋と名乗っていました)が三代将軍となったころ、琵琶法師たちのギルド集団を組織し、正典となる物語を定めました。そして、それまでは琵琶法師それぞれに講じていた語りも、ひとつの語り方へと統一されていきました。
平氏である北条家を倒した源氏としての自分たちの存在の典拠だと考えたのかもしれません。どの国であれ、権力の座についた集団は、その起源の物語をつくり、権力の正統性を示します。たとえば『古事記』や『日本書紀』もそうですが、足利家にとっては、平家物語がそうだったのかもしれません。
ともあれ、中世から近世に移り変わるころに、『平家物語』は国家の歴史として定められることになったのです。
そうなって以降、足利幕府を倒した織田信長は「平氏」を名乗り、後に天下統一を果たした徳川家康は「源氏」を名乗ったといいます。
物語が現実に影響をおよぼしたのか、それとも物語が現実を駆動させたのか…その境界はもはや曖昧なものとなりました。江戸時代が終わり、近代社会が日本に到来する以前、物語がまだ歴史と不可分だった時代だったからこそありえたことですが、このように『平家物語』が読み継がれたことで、日本の歴史となったようです。
ところで、信長と家康にはさまれた豊臣秀吉は、自分をどのように名乗ったのでしょう?
「平氏」を名乗った信長の後ですから「源氏」を名乗りたかったようですが、出自が農民であることがはっきりしていた秀吉は、さすがに血筋を偽ることができませんでした。それでも源氏の血を引く公家の養子になろうとしたようですが、農民の出自がゆえに断られ、最後は関白家の血筋に入りました。秀吉が、源氏の統領が任じられる征夷大将軍ではなく、関白太政大臣となったのは、そのような経緯からでした。

24. 7月 2012 by CDC STAFF
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