写真の記録的特性による日常の概念の再考
精神病院が歴史的に社会の周縁に位置づけられる事をミシェル・フーコーは論じたが、見る者と見られる者との権力関係は現在の精神障害者にも医療行為や病院建築の中に偏在している。見られる存在としての精神障害者は繰り返し語られ、写真の被写体としてもダイアン・アーバス等の写真家によって撮影されてきた。しかし、見る存在としての精神障害者について語られることはあまりない。
ここでは、精神障害者による写真を通して、日常の概念について考察を行う。日常とは社会背景や時代背景によって大きな差異が現れる概念である。パリを記録したウジェーヌ・アジェや１９世紀の日常を記録した写真を眺めてみると、現在とは異なる服装や文化の様子を強く感じさせる。一方では、家族の間の自然な会話の様子など時代や風土を越える普遍性が記録されている写真もある。果たして、精神障害者による日常の写真に特異的な様子が撮影されるだろうか。
医療現場で行われる写真のワークショップにはフォトセラピーがあるが、これはジョー・スペンスが1980年代後半に自身の老いを撮影する中で使用した用語が発端となっている。国内では山中康裕著『少年期の心 ‐精神療法を通してみた影‐』中公新書(1978)で写真を使用した療法について記述されたのが先駆的とされる。現在では、写真療法やフォトセラピーとよばれ治療的側面や社会復帰の一助として考えられている。また、障害者の生活の質向上という社会活動の文脈のなかで、自己表現という名目から障害者の写真を展示する企画も多く見られる。これらの活動には写真を使用しているという手法の違いはあれ、基本的には絵画療法や一般的なセラピーと大差のない概念であると考えられる。
あべクリニックで行っている写真ワークショップ「日常採集」は上記の治療的側面や社会活動の側面からは一線を画すものである。形式としてはワークショップの形を採るが、講師が知見を教授する教育モデルではなく、文化人類学等のフィールドワークにおけるインフォーマント（情報提供者）として参加者を定義してゆく。両者の大きな違いは、知識の在処が講師側にあるか、インフォーマント側にあるかという点である。収集対象が「日常」という極めて個人的な差異のある対象であるため精神障害者という枠組みを捉えきれない可能性は大いにあるが、そもそも精神障害者が社会の周縁に位置づけられているという考え方や、特異な存在としての精神障害者が存在するのであれば、精神障害者の撮影する写真にも彼らの視線としての世界像が現れるのではないかと考えている。
